
東京には数多くの酒場があるけれど、よく行く店や、滅多に行かないけれど味わい深い「コの字酒場」の個人的セレクション。
今回のセレクション
三つのカウンター席をコの字型につなげた客席を備える酒場のこと。
「コ」の真ん中の空いた部分は、店員が注文を取ったり、飲み物を出したりするスペースで、店によっては小さな厨房になっている場合もある。
L字でもI字でもない、その独特の距離感が“ちょうど酔い”場の空気を生み出す。
店はこぢんまりしていることが多く、客も1時間ほどでさらりと引き上げる。
一人、あるいは二人までで訪れるのがちょうどいい。
一人で行っても、向かいや隣の客の注文を参考にしたり、酔客の様子を眺めたりするのが楽しい。
隣の人と自然に意気投合して一緒に飲むこともあれば、店主が暇なときに話し相手になってくれることも。
そんな“大箱”にはない、酒好きが気持ちよく酔える場所――それが「コの字酒場」だ。
まぁ、酒場好きの理想郷、安住の地ともいえる。
今回は、個人的嗜好で選んだテーブル席や座敷のない、都内の小ぶりな「コの字酒場」お気に入り5選を紹介する。
どの店もほどよい歴史と大衆価格が魅力だ。
紹介順はランキングではないので、あしからず。
「杯一」@東十条

東十条駅は、東京方面から見ると「せんべろ聖地」赤羽のひと駅手前。
京浜東北線しか通っていないが、埼京線の十条駅からも徒歩15分ほどで行けるため、
十条―赤羽―東十条間を歩いて飲み歩ける「北方黄金三角地帯」の一角を占める街だ。
西側は関東台地の縁にあたる高台、東側は荒川へ向かう低地が広がっており、
駅前には長い商店街が連なっている「ザ・下町」。

「杯一」は、その東口を出て徒歩3分ほど、赤羽方面に向かったところにある路面店。
店前の巨大な狸の置物が目印だ。ガラス戸越しに店内の様子が見えるので、初見でも入りやすい。
店内は縦長のコの字型カウンターのみで、15人ほど入れそうだ。
レイアウトはまさに王道の「コの字酒場」。

「名酒場あるある」で、卓上メニューは無く、壁面の短冊から選ぶスタイル。
カウンター奥のホワイトボードには手書きの「本日のおすすめ」が掲示されている。
短辺カウンターには保冷ケースがあり、数種類の小鉢がずらりと並ぶ。
つまみは300~500円台が中心で、焼酎割りも400円前後。
2杯とつまみ2品で1500円ほどが目安だ。

開店は16時。この時は15分前に着いてしまったが、店先にいた店員のお姉さんに聞いたら、快く入れてくれた。
30分もすれば、地元常連のシルバー先輩たちが次々と来店し、8割ほどの入りに。

「コの字」の真ん中ホール担当は熟女的なお姉さんが1~2名。
アジア系のスタッフもいて日本語も堪能。注文を煽ることもなく、接客もやさしい。
曳舟の「岩金酒場」を彷彿とさせる、“東十条のガールズバー”感が漂う。
常連たちが浸るのも納得だ。


ここから徒歩10分ほど行くと、同じく「コの字」酒場の「よりみち」もある。
はしご酒も十分可能だ。そちらは以前にも紹介したので、今回はまず「杯一」からスタートとしよう。
近所にほしい一軒だ。
「よりみち」の過去ログはこちら。
「宝泉」@王子

王子駅は京浜東北線では東十条の一つ東京寄り。
ここには地下鉄南北線や都電荒川線も走り、区役所もある「北区の首都」的な街だ。
駅の西側には高台の飛鳥山公園が広がり、のどかでゆったりした町並み。
一方、東側は大型ロータリーを中心に交通量も多く、飲食店やマンションが密集する下町ムード漂うエリア。
穏やかさとの喧騒の二面性を持った街だ。

「宝泉」は、その東側の飲食店が軒を連ねるゾーンに構えている。
入ってすぐ目に飛び込むのはコの字カウンター。
そしてユニークなのが、左手にももう一つコの字カウンターがある“ダブルデッカー”スタイル。どちらかというと「ロの字」に近い。

最初は入口側のカウンターに客を通し、埋まってくると左手を開放するという仕組みのようだ。
満席時には30人近く入る大箱に近いお店だ。

この店にも卓上メニューはなく、壁に手書きされたお品書きから選ぶスタイル。
「とりあえず」でポテサラを頼んだら、「今はオーダーストップ中」との返答。
仕込みをしておけばいいのに、と思ったら―自然冷却で冷めるまで出さないというこだわりだった。

そして常連がよく頼むのが「やわりめ」。
いわゆる「するめ」だが、酒場では「する」は縁起が悪いため「当たりめ」と呼ぶ店が多い。
ここでは、酒に漬けて柔らかくした“やわりめ”が名物。
確かに、噛む力が衰えてきたオヤジには優しい柔らかさだった。

18時を過ぎると、もう一方のカウンターも満席に。
齢84歳になる大女将に話を聞くと、早くにご主人を亡くし、横浜から王子に移ってこの店を開いて40年。
居酒屋商売は初めてで、内装は大工に一任してみたら、このWコの字カウンターが誕生したという。

現在は厨房を息子夫婦が担当。息子さんは教職を辞めて跡を継いだという、家族思いの大将だ。

焼酎ボトルキープの常連が多く、この時は3人で訪れたので、4合瓶を1本入れてちょうど飲み切れた。
店内はコの字にしてはゆったりした造りで、カウンターの角を確保できれば3人でも十分に快適。
大女将の語りも肴になる、まさに“下町温もり酒場”だ。
「岸田屋」@月島

月島は昔ながらのアーケード街も撤去され、現在は再開発が進行中。今やタワマンも林立している。
もともと「もんじゃ焼き屋」だらけだった街に、再開発後も新規のもんじゃ店が続々と出店し、「もんじゃ」比率がさらに高まってきている。

そんな街でも、裏通りや路地には町中華や立ち飲みの良店がひっそりと埋もれている。
その「もんじゃ通り」の最奥部に鎮座するのが、明治33年(1900年)創業の「岸田屋」。
創業125年を誇る超老舗酒場だ。
開店は16時。オープン前に10人以上の行列ができることも珍しくなく、口開けで入れないと1時間待ちも覚悟のお店。
出遅れたら店前の椅子に座って待つしかない。

冬場には座布団が敷かれているのは、お店の温かい心遣いだ。
先客が帰ったからといって勝手に入ってはいけない。声がかかるまで静かに待とう。

店内はまさしく「正統派酒場」の構え。左手にコの字カウンター、右手は壁向きの一本カウンター(I字)で、テーブル席は無い。
せっかく行くなら、コの字カウンターに座りたいけど、ここは空き次第。狙うなら口開け前に10人以内に並べるようにしておきたい。
20人も入れば満卓となる。壁も天井も燻された飴色の世界が待ち構えている。

お店は、女将さんが厨房とホールは娘さん2人が回しているここも「ガールズバー」スタイル。
名物はなんといっても「煮込み」。北千住の「大はし」、森下の「山利喜」と並び「東京三大煮込み」と称される(諸説あり)。
いろんな部位のモツが濃厚な汁で煮込まれていて、しかも量もそこそこある。
一人で頼むとそれだけでお腹が満たされてしまうが、機会があればぜひ味わってほしい逸品だ。

以前は刺身もあったが、先代が亡くなってからは生ものは基本的に提供していない。
ここにも卓上メニューはなく、壁の短冊から選ぶスタイル。
煮魚や焼き魚、ほうれん草のごま和えなどが定番のつまみ。
おにぎりや汁物もあるので、〆に頼むのもおすすめ。

テーブルが無いぶん大人数グループは来ず、話し声も穏やか。
一人飲み客も多く、落ち着いた空気が流れる。
外で待つ客がいても暖簾で目隠しされているので、プレッシャーを感じることなくゆったり飲める。
TVでは相撲や野球中継が流れているが、ガッツリ視聴している客は少なくBGMのような扱いだ。

店の風情、ホスピタリティ、客層が見事に調和した、まったりと酒を楽しめる名酒場。
「岸田屋」に行くようになってからは、もんじゃには全く見向きもしなくなったなぁ。
「こいさご本店」@大井町

次は、京浜東北線を南下して大井町へ。
普段は駅北側の飲み屋密集地帯「東小路」あたりがメインだったけど、
「こいさご本店」は南側のほぼ住宅地に入った“盲点エリア”に鎮座する。
しかも店の前まで来ないと、そこが飲み屋だとはわからない完全ステルス物件。

14時開店という昼飲みOKのうれしい営業スタイル。
一組3名まで、全員そろってからの入店限定で、店内待ち合わせはNG。
さらに滞在時間は2時間縛りというルールが店先に掲出されているけど、中に入れば緊張感は無い酒場だ。

店内は、見事な大型コの字カウンターが待ち構える。
満席時で15名ほどのキャパで、中央には煮込みやおでん用の大鍋が鎮座。
テーブル席はない。

地元常連が主体の酒場で、満席時は店内窓際のカウンターで立ち飲み待機することになる。

これまで紹介してきた店とは違い、ここには卓上メニューが完備。
刺身、焼き物、揚げ物、おでん——とにかく料理の種類が豊富で、
しかも一品200円台からの良心的プライシング。
安い分、盛りは控えめだけど、一人でもいろいろつまめるのがうれしい。


普段は1時間も飲めば次の店に移るけど、ここでは「尻に根が生えた」ように、つい長居してしまう。
早い時間にスタートして、16時くらいから東小路へ移動、
そして、結果的に撃沈して寝過ごしてしまう——そんな“大井町飲み”の口開けにふさわしい名店だ。

「ほさかや」@自由が丘

最後は、いままでの下町的な街とは一線を画す、都内屈指のおしゃれタウン・自由が丘。
駅前の一角には、昭和ムード濃厚な酒場が密集するゾーンが今も健在だ。
そのシンボル的存在がうなぎ酒場の「ほさかや」。
昭和ゾーンでも新規出店があったり改装する店も多い中、「ほさかや」は使い込まれた提灯やのぼり、年季の入った庇など、昔の風情そのまんまだから、強烈な存在感を放っている。

店内は10人ちょっとでいっぱいの正統派コの字構造。
常に満席状態で、店先には行列用ブロックが区切られている。
昼から営業しているものの、鰻重といった食事がメインになるので、酒類はビールのみ。
つまみも種類が限られていてから酒場として行くなら夜がおすすめ。

コの字の短辺右側の背面には炭火の焼き場があるので、背中から熱波が来たり、焼き上がり品が肩越しに飛び交ったりと、ちょっとせわしない席だけど、どこに座れるかはその時の空き次第。座って飲めるだけありがたいとしよう。

夜はうなぎの部位を串焼きで食べるのがメイン。
迷ったら「串一通り」から始めてみよう。
からくり、きも、ひれ、かしらで1300円と単品よりお得なセットになっている。
もちろん好きな部位だけを注文するのもアリだ。

常連は蒲焼大1700円だけを頼んで一杯飲る先輩も多い。
夜にはうざく、煮こごりといった定番に、うなとろ、レバー酒蒸し、うなぎみそ焼きといった珍味系もホワイトボードに登場。

ビールから始めて、次はコップになみなみ注がれてくる焼酎に移行。
炭酸にレモンやお茶を別で頼んでセルフミックスでやる。
焼酎一杯で割り物3杯は飲める量だけど、外(炭酸)が足りなくなりがちで、また外身を発注。

外と中をちょうど飲み切るまで飲むと、コップ焼酎3杯も飲んでしまうこともあるから、撃沈しないように要注意だ。
ちなみに中身は「キンミヤ」なので、シビレたり悪酔いする焼酎ではない。
自己責任でうまく飲み切るのも大人の流儀。

せっかくの自由が丘だから、シャレオツな店もう一軒 —— とは思わない。
「ほさかや」だけで、もう十分だ。
まとめ
今回の比較的小ぶりな「コの字」酒場の個人的嗜好5選は、どこも歴史が長く、個性や風情もあり、しかもリーズナブルに飲める店のセレクション。
大箱系のコの字酒場では、赤羽の「まるます家」や門仲の「魚三酒場」、池袋の「ふくろ本店」といった人気店もあるので、そちらはあらためてアップしよう。
最後に「岸田屋」をエクセル画で。

酩酊。
おつきあいありがとうございました。
